蛇の目ってなんぞや?!
 
へび調査隊記
 2011年08月23日
近畿地方調査
 昨年、竹生島含む近畿地方調査で大満足してから早1年、また夏休みが・・・。
 今回はUSJ(ユナイテッド・スタジオ・ジャパン)をメインに含めた調査。最近では早朝が、他の隊員を巻き込まないわたくしのへび調査の時間となっている。ちょいと行ってくるから車で寝ててね。♪

 今回のへび調査隊の行動 (太字は”へび”と関係有り)
一日目
京都府京都市 大田神社 蛇の枕
京都府京都市 蛇塚古墳
大阪府大阪市 豊国神社
大坂城公園 天守閣
道頓堀周辺
二日目
大阪府大阪市 八立龍王大明神 と USJ
三日目
奈良県桜井市 三輪山 大神神社
桜井市埋蔵文化財センター と 桜井市芝運動公園
崇神天皇陵 と 今里の蛇巻
京都府京都市 大田神社
所在地

京都市北区上賀茂本山340

電話 EL:0537-24-2722 / FAX:0537-24-2735
主祭神 天鈿女命(あめのうずめ)
社格等 式内小社・賀茂別雷神社摂社
摂社・末社 百大夫社 船玉神
鎮守社 大國主神 少彦名神
御神徳 長寿・芸事上達・縁結び・方除け
由緒
賀茂別雷神社第三摂社
式内 大田神社
御祭神 天鈿女命 一柱一座
 末 社 白鬚社  東側に鎮座
 御祭神 猿田彦命 一柱一座
 末 社 百大夫社 西側に鎮座
 御祭神 船玉神  一柱一座
御事歴
 大田神は一に恩多神といひ、天鈿女命 を祀る。賀茂に於ける最古の神社で古来長 寿福徳の神としての信仰がある。賀茂別雷 神社の御鎮座以来攝社として尊信を捧げ てゐる。延喜式内の古社である。保安元年二 月廾六日鳥羽天皇の本宮行幸の際、始めて 官幣に預り、その後度々この事が行われた。 近世以来宮家その他貴顯の信仰篤く、春護 成とて御神の春族となって寿命長久を希 ふ儀が行われる。
例 祭
 四月十一月十日
 正五九月の各十日御内儀祈願祭
 例月十日夜、里神楽奉参
末社御事歴
 猿田彦神 は天孫降臨に際し、御前を承られた神、 道路安全の御神徳が高い。
 船玉神 は船霊神である。航海魚漁守護の神。 又岐神。道祖神として崇められ道路の安全をも 司り給ふ。
総合御神徳
 大田神を中心とする以上三柱の 神は、末社福徳神を加えて、何れも福神とし ての高き御神徳を有たせられる。これ等四 柱の神を以って、所謂大田神社が形造られ るので、四神不可離の関係に立たせられて ゐる。されば、大田神といへばこれ等四柱の 神神を総括した神として崇め奉るのが本肯である。
地図
大きな地図で見る
*上記案内は調査当時のものです。お出かけ前に電話等で確認の上お伺いください。
 


 
大田神社

 大田神社(おおたじんじゃ)は古くは恩多社(おんたしゃ)とも言われた古い神社で延喜式にも載る式内社。大田神社は上賀茂神社(賀茂別雷神社)の摂社で、上賀茂を開墾して栄えた賀茂氏によって崇敬されました。

 大田神社は上賀茂神社の摂社ですが、起源は上賀茂神社よりも古く上賀茂では最古の神社と言われています。平安時代の保安元年には鳥羽天皇が大田神社に来宮され、それ以来天皇家や貴族の信仰を厚く受けられている。

 早朝お参りに来たが灯篭には明かりが灯り、厳かで気高い雰囲気が漂っていた。
鳥居前に 車が数台止めれそう。
参道
   
大田神社 拝殿

「割拝殿」(わりはいでん、中央が吹き抜けて通れる拝殿)という古い形式
拝殿 本殿 一間社流造檜皮葺


末社 白鬚社(しらひげしゃ)
猿田彦神 白鬚社の左手に縄張りが?
  
末社 白大夫社(ひゃくだいぶしゃ) 末社 鎮守社
船玉神 大国主神、少彦名神
  
 
大田の小径(おおたのこみち)
案内版があったので
ちょこっと覗いてみたが・・・
迷子になりそうなのでやめました。
 散策路の途中に標識やロープが張られた道があり迷うことなく散策できるようで、様々な途中の景色、山吹の花咲く尾根道、市内が眺望できる休憩場所、そして京都北山らしい杉林の風景を望むことができる散策路でやがて「岡本口」と呼ぶ東側に出るらしい。
 
 
 
鳥居の右側に福徳神社の有る広場
末社 福徳神社 タゴガエルの案内板
福徳神 足腰の神 卵とオタマジャクシが白く、
赤茶色のカエルが生息しているらしい。

奥に天然のカキツバタの群生がある大田の沢
大田の沢

開花は5月初旬から中旬 25000株 天然記念物


そして、お待たせしました!! 『蛇の枕』
『蛇の枕』
鳥居から大田神社に伸びる参道がちょうど南北にあるのですが、北の大田神社方面から水路が参道沿い東側に続く。
参道脇の水路上流は
細いコンクリートの水路から注がれている
井戸の跡なのでしょうか?
清盛の首塚を思わせる。(小さいけど)
『蛇の枕』
角度を変えて
 鳥居前に架かる石橋下(東側)の水面から、小さな石が顔をのぞかせている。この石は蛇の枕、または雨石と呼ばれ、蛇が枕にしていたとされる。蛇は雨を降らせる生き物とされ、この蛇がいる枕のもとに行けば、雨乞いができると考えられた。儀礼は、この枕石を農具(鉄器)などで叩いて行われる。こうすることで、枕を叩かれた蛇が、怒って雨を降らせるという
拡大 石橋を挟んで『蛇の枕』の反対側




感想
 
 深夜に家を出て、かなりの気合の入れ方で京都に入ったのですが、気合が入りすぎて早く着きすぎてしまった。東名のSAで仮眠するも、大田神社についたのはAM5:00過ぎだったと思う・・・。
 怪しい人と思われそうだが、人に会うことがなかった・・・。(^▽^)ホッ
 着いたばかりはこんな感じ・・・。
 薄暗い神社は 怖いですか?
 えへへ。
 感覚的には怖い場所ではありません。


 京都まで、紅葉を見に来るでなく・・・、 有名な神社仏閣を見に来るでなく・・・・、
『蛇の枕』が一番の目的って (T_T)。

 それでも、よくよく『蛇の枕』というのをネットで調べてみると、
『蛇の枕石』(夜泣き石)・・・ 恋に悲しむ大蛇が枕にして泣いた石。恋愛成就。
 福岡県北九州市小倉北区篠崎1-7-1
『蛇の枕石』・・・ 大蛇が昼寝に枕にしていた石。雨乞い。
 長野県千曲市大字稲荷山  極楽寺門前
『蛇の枕石』・・・ 菊石姫(大蛇)が枕にし休んだ石。雨乞い。
 滋賀県長浜市余呉町川並

同じように ”大蛇と枕石”と関係のある伝説、石がいくつか見つかりました。

 これを、”へび調査隊”が推理するとです・・・・
 ”枕石”というと、大蛇が寝ていて可愛いなぁと思いがちですが、一般的に”枕石”という言葉を辞書で引けば、”死者の枕もとに置く石”というものなのです。
 埋葬ののち戒名を書いて墓の上に置くものなのです。いわゆる墓石です。 

 私の住む近郊、静岡県榛原郡金谷町に”小夜の中山”という場所が有り、”夜泣き石”の伝説があります。この石から泣く声が聞こえるということから、こう呼ばれるようになったと言われています。 伝説では諸説ありますが、 これもこの地の豪族の”墓石”=”枕石”であるというのが、わたくしの見解です。

 小夜の中山の夜泣き石のように、日本の各地にも”夜泣き石”と言われるものが存在し、夜中に泣き声がする石として、京都八坂神社、大阪府交野市の源氏の滝、長野飯田市
などがある。
 悲しい伝説や京都舞鶴の夜泣き石のように福石的な伝説もあるが、やはり、墓石としての意味合いが強い。
 
 この京都、大田神社の『蛇の枕』は雨乞いの要素を持っている。古代、雨乞いには滋賀県余呉湖に見られる人身供養が行われた例が多く、大田神社の『蛇の枕』・・・手を合わさずにはおれませんでした。
 (あくまでも推測の話ですよ~~。)

 おしまい




 
 
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