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って? |
古来この国のみならず世界には”へび”を崇拝していた民族があったようであります。そもそも、へびって嫌われ者なのに、世の中には”へび”と付くものがあふれています。
「へび」を調べる - 蛇の遺物に見る民族の流れを探る - と、冒頭より記しているように、”へび民族”の流れを体系化、また、わたくしなりの”へびの歴史観”を此処に記してみようと思いこのページを作りました。
「ちょいとおふざけが過ぎますよ。」とお叱りを受けそうですし、とってもばかげていそうですが、 本人はいたってまじめであります。
なんで 嫌われているのかなといったことを、相手やそのことを調べることによって 理解できるんじゃないかなぁと思うんです。
相手を受け入れることが出来れば争いも少なくなると思うんですよね。
最初はわたくしも ”へび”ってなんか嫌いだったんですよ。
でも 知ることによって学問として歴史の”へび”も、生態としての”へび”の面白さにも気付かせてもらったとおもっています。
まぁ 歴史に正解は求めにくいものです。教科書や学者が言っていることも100%正解とは言い切れないものもあります。
ただ 書物や字に書かれたものは勝ったものがいくらでも書き直し自分の思うように歴史を作ることが出来ますが、地名や遺物、風習に残っている事柄からの、正解率はグッと高くなるのでは?と思っています。
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目次 |
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へび民族 体系
「へびって!?」「蛇の目って!?」に関しても具体的に民族がどのような経緯でどの時代に入って、ということをはっきり記していません。総まとめでも あらゆる方面から民族が流入してきたと結論をぼかしてしまいました。残念ながら今現在、資料不足、掲載不足であり、本来そこを追求すべき部分が結論づけられていないもどかしさがあります。
2年前の調査隊の記録を必死に記憶を思い起こし今現在アップしているくらいで、HPにまとめるのに時間がかかりすぎるのも確かなのです。
それでも、ここはへび民族と、私なりに確信を持てる面から
”へび史観” 民族体系として上げていこうとおもいます。
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