蛇の目ってなんぞや?!
 
へび調査隊記
 10年04月15日
磐田市香りの博物館The Museum of Fragrance,Iwata
所在 〒438-0821
静岡県磐田市立野2019-15
2019-15 Tateno, Iwata-City, Shizuoka JAPAN 438-0821
TEL(0538)36-8891 FAX(0538)39-0711
入館料 一般300円 / 学生[高校生以上]200円 / 小・中学生100円
開館時間

午前9:30~午後5:00

休館日 毎週月曜日・祝日の翌日・年末年始
駐車場 無料
http://www.iwata-kaori.jp/
*上記案内は調査当時のものです。必ずオフィシャルサイトでご確認の上お伺いください。

 
 今日は定休日 豊田町方面に用事がありましたので、巳子(長女)隊員は学校でお勉強。と言う事で、巳好樹隊員と三人で香りに触れて見ましょうか!

 この日は『ベネチアン・グラスの輝き』という企画展も開催されていました。

 (左はパンフレット)
 13世紀頃に始まり、15~16世紀ルネッサンス時代に「黄金時代」を迎えるベネチアン・グラス。その中から19世紀のしなやかな動きと柔らかな形状の作品と20世紀のモダンでシンプルな造形、抑制された色使いな新しい様式の作品を鑑賞できました。


正面玄関

まさに メルヘンな建物。
水のモニュメント

正面玄関 の手前ですぐ目にする ドーナツ状のモニュメント「素敵だ!!」

おそらく 香立てをイメージしているんじゃないかなぁ?
中心から水と共に香りが漂ってきそうな気がします。
 
公園と隣接している

2階の出窓から眺めた風景 正面が公園でデートにはもってこいですよ。


「もってこい」と言う表現は若者向きじゃないかな(笑)
『ベネチアン・グラスの輝き』
プレセピオ
(イエス・キリストの誕生を人形で再現しクリスマスシーズンに教会や家で飾られるもの)
東方の三博士バルタザールが乳香(にゅうこう)を、カスパールが没薬(もつやく)を持ってお祝いしていますが、それぞれの香りを確かめることができる箱が備えられています。
龍装飾脚花器(手前)
 19世紀 ヴェネチア、宙吹き、金箔溶着、溶着装飾

龍形脚花器(右奥)
 宙吹き、溶着装飾、ヴェネチア アヴェンチュリン・グラス

ドルフィン形脚赤色コンポート(左)
 サルヴィアーティ工房、19世紀、ヴェネチア、宙吹き、モール装飾、溶着装飾、金箔溶着
花器「菊」

Vase「KIKU」1960年
宙吹き、ミルフィオリ・グラス

すごく細かい装飾。どのように作っているのでしょうか。
白鳥装飾脚キャンドル・スタンド一対

フラッテリ・トーソ工房
1910年頃、ヴェネチア
宙吹き、溶着装飾、金箔溶着


代表的な技法
レースグラス (Lase glass)
ヴェネチアの「ガラスの貴婦人」と呼ばれる。

無色透明の灼熱のクリスタル・ガラスの中に、くもの糸のように細く繊細な白いガラスの糸を封入して、複雑なレース模様を作り出す、至極の技。
レース・グラス白鳥形脚コンポート

19世紀
宙吹き
レース・グラス
溶着装飾
 是非とも この「白鳥形脚コンポート」の右の拡大写真をクリックしてさらに大きくして見て下さい。パッと目には高さ20cm程でしょうか スリガラスの花のようなグラスといった印象を受けますが そのスリガラスのような白っぽいラインの中に糸のような まさに「レース」が織り込まれているようです。
モザイク・グラス (mosaic glass) 
ミルフィオリ(千の花)と呼ばれる
  ケーキのミルフィールってこと?
星や花の模様を散りばめた模様 
表現は悪いかもしれませんが
 ①日本の金太郎飴を均等にカット
 ②絵が見えるように並べて板状にし、
 ③窯の中で何度も熱し鉄板で転がし表面を整え筒状にするといった感じでしょうか。(汗っ)
ミルフィオリ・グラス・ランプ
パロヴィエール工房
1910年頃、ヴェネチア
宙吹き、ミルフィオリ・グラス
ミルフィオリ・グラス・ランプ
フラッテリ・トーソ工房
1910年頃、ヴェネチア
宙吹き、ミルフィオリ・グラス
ミルフィオリ・グラス・ランプ
パロヴィエール工房
1910年頃、ヴェネチア
宙吹き、ミルフィオリ・グラス
 中央と右の作品の脚の部分もミルフィオリになっています。 メルヘンな童話の世界にすい込まれそうです。
モール装飾 とは ・・・ 金属の(かた) に溶かしたガラスを入れ形づくった装飾。上記モザイクガラス説明でガラス棒を金型に入れ星型に作るものもモールといいます。ローマングラスにも多用される。


常設展
香りの展示室
「香りの文化史コーナー」

世界各地の香りにまつわる美術工芸品を展示。テレビモニターにおいても、四大文明の香りの史実やエピソードを学べるようになっています。
香りの小部屋
モニターに浮かんだ風船に触れると各部屋ごとの香りが広がり、その香りの説明が流れます。

感想

 今回は主に二階(有料)『展示室』、『企画展』をご紹介(調査)させていただきました。
 また 一階には『香りのカフェテラス』『香りのミュージアムショップ』『香りの体験コーナー』があります。 これら1Fのコーナーは入館料は無料です。 香りの体験コーナーで自分の好きな香りを作るのも楽しいですよ。
 博物館正面にはちょっとした公園もあり、『館内のカフェテラス』 と共に デートにはとってもいい場所だと思いますよ。 実は巳美隊員(家内)と結婚前に来たこともあるんです・・・。 (わたくしの魚臭さを隠す訳ではありませんよ!!) 

さて 企画展『ベネチアン・グラスの輝き』。画面から素晴らしさが伝わるか判りませんがいかがでしたでしょうか。 今回の展示物は『箱根ガラスの森美術館』のコレクションより 19世紀20世紀のヴェネチアン・グラスということでした。

yahooワイワイマップ

そこで ヴェネチアについて簡単に調べてみたいと思います。 
「まずは・・・、 ヴェネチアってどこ?」 
     (そこからか!(自分につっこみ!!) )
「ふーーん イタリアなんだ。」
「ずっこけ ちゃった方すみません。いちおう子供でもわかるホームページを目指しているもので。」(ほんとに知らなかったんだろ~~?)
英語では「Venice」と呼ばれ、これに由来して日本語でもヴェニス、ベニス。 なるほど 「水の都ベニス」に「ベニスの商人」でしょ。


ヴェネツィアとガラス工芸の歴史的な背景は
前4000年
ガラス工芸の始まり
言い伝えによると、フェニキアの海岸沿いに硝石の商人が着岸し、乗っていた者たちが食事を用意するために砂浜へちらばった、ところが大なべを持ち上げておくための石がなかったので、彼らは船から取ってきた硝石の塊を支えとして使った。するとこの硝石に火が着き、砂浜の砂と混ざって、輝く未知の液体が流れだした、これがガラスのはじまりにちがいないとプリニオ・イル・ヴェッキオはA.D.1世紀後半に彼が著した「自然の歴史、第36巻、191-192年」の中でガラスの発明をフェニキア人のものと考えながら語っています。物語の中で3つの主なガラスの成分が昔も今と変わらずソーダとシリカと石灰だつたということも正確に研究しています。このようにガラス作りの歴史は古く紀元前4千年に遡ります、このフェニキヤ人がシリコーンとソーダーを混合して作ったのが始まり。 
(ラグーナ・ムラノ・グラス)様より 注1 
ガラスの歴史は古く、紀元前4000年より前にメソポタミアや古代エジプトで二酸化ケイ素(シリカ)の表面を融かして作製したビーズが始まり。
(WIKIガラス)より
古代~452年 ヴェネチアにはウェネティ人(ヴェネティ族)が住んでいた。
[伝説では、アクイレイア、パドヴァなどの北イタリアの都市の住民が、5世紀のゲルマン人のイタリア侵略からのこの湿地帯へと避難してくることから、452年にヴェネツィアの歴史が始まる。 すでに5~6世紀には古代ローマ時代より高いガラス工芸技術を有していた。]注2
要するにウェネティ人はヴェネツィア人でフェニキア人であったという事か。
697年 ヴェネツィア人は自治権を有し東ローマ帝国の支配の元、初代総督を選出してヴェネツィア共和国を起こす。
1291年 ガラス製造の秘法を守るため職人と関係者すべてをムラノ島へ軟禁。但し功績者には貴族の地位を。 13世紀 海洋王国として地中海の制海権を確保
15世紀末 無色透明のクリスタッロが発明されヴェネチアングラス黄金時代
16世紀 レースグラスの開発 
17・18世紀 1797年ヴェネチアの解体、ボヘミア・イギリスの台頭により衰退
一時衰退するがシャンデリアや装飾した鏡になんとか活路を見出す
19世紀 コンテリエとよばれる1mm以下の極小ビーズ(ベネチアンビーズ)がフランス革命後のブルジョア層に大人気。
と共に、ヴィンチェンツォ・ザネッティ[Vincenzo Zanetti]神父のムラノ・グラス美術館設立と弁護士を辞めサルヴィアーティ工房を設立し古い体制から量産を試みたアントニオ・サルヴィアーティの2人によって再び火がともり発達。

 何故 ガラスの歴史とヴェネチアの歴史を振り返ってみたか?
 それは、今回の企画展のパンフレットにも記されていますが、
『19世紀、ヴェネチアン・グラスで特に人気を集めた作品は、ドルフィンやドラゴン(龍の落とし子)などの身近で愛くるしい海棲動物をモチーフとしたもので、しなやかな動きと柔らかな形状のガラス作品です。』
先に紹介した龍形脚花器のような装飾が人気を集めたと言う事です。
その中で ドルフィン(イルカ)と記されている動物の形状が どうも”へび”っぽい。または龍っぽいのです。
上記はいづれもドルフィン[dolphin]と記述のある作品ばかりです。
わたくし達が知るイルカって
こういう形をしているわけですからちょっと違いますよね。

イルカに「腹びれ」「尻びれ」無いし
巻きつく動きをするのってへびくらいでしょ!!
背びれも三角状の物が1つ、
尾ひれはブーメラン状でしょ!!

ツッコミどころありすぎ!!
 白鳥のものはもっと白鳥らしいしドラゴンはドラゴンらしいですけど・・・・。

そういう理由でへびとの関わり合いを調べた訳です。
ローマ時代、ローマ人がへび好きだったのは調査済み。
再興できた理由からヴィンチェンツォ・ザネッティ神父とアントニオ・サルヴィアーティについてネットのみで調べてみました。アルファベットでも検索したのですがスペルが違うのかな?全然調べ切れませんでした。
そこで フェニキア人に注目するわけですが、注目点を下に記します。
注1 フェニキア人・・・が”へび”をどのように見ていたかは未調査であるが、カルタゴ文明と”へび”に関しては後日調査の ◎◎ を参照のこと。 カルタゴは”へび民族”であったと言える。
注2 7世紀のアクイレイアでもユダヤ人のガラス工芸職人により特産品となっている。
注3 前1世紀 帝政ローマ時代フェニキア人によって発展したローマングラス・・・この代表的な技法”宙吹き”もフェニキア人が発明
 どうもフェニキア人は海洋民族であり、海賊も恐れる海軍力と商業による経済力があったことがわかりました。フェニキア人のヴェネツィア共和国 それはフェニキア人のカルタゴでも同じような事がいえるわけです。 
 紀元前17世紀、カナンの地(パレスチナ)の先住民族カナン人・ペリシテ人(フェニキア系)をユダヤ人は駆逐または同化させていますが、そういった意味ではアクイレイアのユダヤ人もフェニキア人と近かった可能性があるかも知れません。 


結局 今回の展示物以前の時代にどのような装飾がされていたかも判らなかったという点、ネットに偏った調査不十分は否めませんが、
 
 ヴェネチアン・グラスで特に人気を集めた装飾がドラゴンとドルフィンである事は事実であり”へび”っぽいイルカが ウケちゃったと言う事は評価できると思います。
 そしてフェニキア人は ”へび”好きというのを隠すため あえて”ドルフィン[dolphin](イルカ)”と表記し、”へび”をデフォルメしたのではと推測いたします。



また こちらは香りの博物館発行の図録からです。
(へび)模様金属装飾ガラス香水瓶
2点 19世紀後半
ポーラ文化研究所蔵

螺旋(らせん)状に蛇がからまる遊び心のある瀟洒(しょうしゃ)なデザインの香水瓶
[Perfume Bottles 香りのうつわⅡ P20
 編集・発行・著作権者:
 豊田町香りの博物館◎1998]

詳しい制作地、などの記述はありません。
先のポーラ美術館調査記でも”へび”の装飾の花瓶があったと記しましたが 19世紀のヨーロッパでもやっぱりへびが好きだったのかなぁ と思うわけです。

 『へび調査隊』としての感想ですが、素晴らしいとしか言いようがありません。また、今回 有料企画展でピカソなどのガラス作品展示があり、それら数点は撮影禁止になっていましたが、他の作品においては撮影できました。 また、『箱根ガラスの森美術館』HP上でも収蔵品の一部の多くを高画質で公開している事に驚きました。

おしまい
 
 
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