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今回の調査は 私の両親がネパールにヒマラヤトレッキングに行った際 のレポートである。
両親は登山を趣味としており 自身のホームページも持っている『夫婦で登る百名山』(製作はわたくし)
わずかばかりではあるが年金が入るようになり、今回初めて海外のトレッキングへと出かけたのである。
両親のトレッキング紀行は上記リンクの思い出の旅行記からご覧頂きたいと思いますが、へびに関するレポートを ココに「へび調査隊記」としてまとめる。
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ネパール・カトマンズ
自然史博物館(Natural History Museum) |
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NATURAL HISTORY MUSEUM(自然史博物館)
電話:カトマンズ 4271899
開館時間:10:00~17:00(11月中旬から2月中旬までは16:00閉館)
休館日:土曜・ネパール祝祭日 |
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自然史博物館へ戻って200ルピーを払って入館。(某HPでは2003年時20ルピーと掲載)物価変動や為替の関係か?高くなっているようだが、外国人の方がネパール人より入場料が高いところは同じようだ。
『小さな博物館だがネパールに生息する動植物の標本が所狭しと展示してある。ネパールは東西に約1000km。南北は標高差が南のジャングルから世界の屋根といわれるヒマラヤまで高度差の多い地形をしているので実に特殊な国だ。だから動植物も特異なものが多いのだろう。とても興味がある博物館だった。英語ばかりだから仕方ないが意味が読み取れればもっと面白いと思われた。
蛇など息子が好きそうなのは写真に撮っておいた。マンモスの骨なども発掘されていた。』 By 巳樹巳隊員 |
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トラや動物の皮や剥製 |
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マンモスの骨 |
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へびの骨格標本 |
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ニシキヘビのホルマリン |
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へびなどのホルマリン |
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へびの骨格標本 |
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とにかく 大量の展示品がきちんと整頓されず展示されているそうです。わたくし隊長のことを思ってへびの写真を撮って来てくれたのは嬉しいのですが・・・。
できれば 英文の標本標識も撮影してくれていたらと 思ってしまう。 ニシキヘビでもいろいろいるのですから・・・。 ただ、大きいへびから小さいへびまで多種多様なへびがいるようである。 |
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ナラヤンヒティ王宮博物館
(Narayanhiti Palace Museum) |
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ナラヤンヒティ王宮博物館 |
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所在地 |
カトマンズ市内ダルバールマルグ。旅行者エリアの「タメル」地区より徒歩5分ほど。
(ネパール 01)カトマンズ422-7844 |
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料金 |
外国人(日本人含)500ルピー
SAARC加盟国(※)の外国人および中国人250ルピー
ネパール人100ルピー |
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開館時間 |
11:00~16:00(11~1月:~15:00)
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休館日 |
日、月、木、金、土。(火、水、祝日休み) |
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*上記案内は調査当時のものです。必ずオフィシャルサイトでご確認の上お伺いください。 |
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2008年のシャハ王朝の滅亡まで、実際に王宮として使用されていた建物で、2009年から博物館として一般公開されている。館内は、英語またはネパール語のガイドツアーで所要約1時間。
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ダルバール・マルグ(王宮通り)
に面した博物館の入り口 |
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旧王宮はダルバール・マルグ(王宮通り)というメインの通りに面した 左の門をくぐると ナラヤンヒティ王宮博物館(上記写真)へ出る。 |
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正門の装飾にへび |
で、まずココで へび調査隊として注目しなければいけないのは 次の写真である。
上記正門の装飾でありますが、ライオンの顔はそのまま良くわかりますが、その近くにある装飾は へびですよね!!草などの装飾がはがれてへびのように残ったというものではないと思います。(この門全体が漆喰?のようなものでコテで塗り固めているようで、手塗り感が残っています。)
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玉座の肘掛にへび
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これだけでは へびとは信じない人もいるかもしれません。 さらに重大な事実が!!
左はインドのyoutubeのようなサイト?にあった「ナラヤンヒティ王宮博物館」についての動画です。(別ウィンドウで開きます。)
動画:VideosFromIndia. SmasHits.com |
上記動画の中でも紹介されていますが、展示されているものに金銀製の玉座があります。
写真は 『AFP BB News』
(2009年2月25日撮影)(c)AFP/Deepesh SHRESTHA
より引用。 |
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この玉座を両親は側面から見るかたちとなったのですが、玉座の肘掛部分がへびであったというのです。 |
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写真撮影禁止ということで 母がスケッチしたものですが 新聞広告の裏にメモとして書いたものですので見難いかもしれません。
舌は出ていなかったそうですが、目と鱗のような模様があったそうです。 |
王宮のいたるところにダビデの紋章 |
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扉にダビデの紋章
こちらは上記玉座の両サイド扉、ドアノブの上部にある装飾です。
上記玉座の写真では見難かったので父の証言を元にイラストとして書きました。
そのほかにも塀の鉄格子などにもダビデの紋章があったということです。 |
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宝物なども多く展示されており、首飾りにもダビデの紋章が、星型や放射状の勲章の数々の中にもダビデの紋章が装飾されたものが含まれていたということです。 |
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2011年11/03追記
上記YouTube動画:VideosFromIndia. SmasHits.com がリンク切れ?になっていて見れませんでしたので 以前キャプチャしていたものを追記として写真を上げておきます。
玉座ですが良く見ると背もたれの上部もヴィシュヌ神の後光に”へび”がいる装飾になっています。
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ねっやっぱり
ヘビと関係あるでしょ。 |
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感想
今回は調査隊員としては初となる巳樹巳隊員(父)と巳巳代隊員(母)のレポートです。
わたくしどもが日頃「へび調査隊」としての活動をしているのを見て、「へび調査隊に入隊したい。」とかねてから訴えておりましたが、今回の調査が決め手となり入隊が認められたということでございます。
「えっ? 入りたくない? まぁまぁ まぁまぁ 落ち着いて・・・。」
「普通 へびの装飾を見ても気にも留めないですし、なんとも思わないですよ。それを わざわざへびに目が行く時点で興味があるということです。」
「これからも 調査のほど よろしくお願いいたします。」
さて、今回の調査でわかったことは
ネパール立憲君主制の廃止による最後の王朝 シャー王朝(シャハ王朝)はダビデの紋章を用いへびが好き?だったということである。
『シャー王朝(シャハ王朝、英: Shah dynasty)は、1768年12月21日から 2008年5月28日まで続いたネパールの最も新しい王朝。王はヒンズー教徒で、ヴィシュヌ神の化身とされてきた。出身カーストはチェトリ(インドのクシャトリアに相当)。』WIKIより
ダビデの紋章(六芒星、籠目)はロスチャイルド家の家紋(左上に六芒星)にもあり、イスラエルの国旗また、ユダヤ教のユダヤ人の証でもある。 ダビデの紋章についてこのHPで書くことはないと思いますが、 ユダヤ教とへびとの関連がなにかしらあるのではないか?ということについては第6章 宗教の中のへび「世界の蛇」 には編集したいと思う。
そもそもネパールという国は現在でも多様な民族と言語のある国で、1768年シャー王朝(シャハ王朝)によって統一された経緯を持つ。
両親のHPでも書いているが文字を書ける人は人口の半分、小学生くらいの子供も学校に行けず働いているという現状があった。そこへ、日本のNPOや世界からもさまざまな援助が行われているのですが、そういった人たちがいるなかでナラヤンヒティ王宮というものが存在していた訳である。
ヴィシュヌ神、最近の神像画
(WIKIより)
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ネパールの80%はヒンドゥー教ということですが、バラモン教の聖典やカースト制度をの上位に王として身を置き自らはユダヤ教を信仰していたのだろうか?
シャー王朝(シャハ王朝)はヴィシュヌ神の化身 とされているようで、現在のヴィシュヌ神としての画像にはなるほど 後光のようにへび神様がいることがわかる。
この事から ユダヤとへびとどのような関係があるかは今後の課題として、
ネパール シャー王朝(シャハ王朝)とへびとの関連は確実にあったということができる。 |
確認のために記しますが 民族もへびも宗教も 何も否定はしないし、批判をするつもりもありません。
ネパールの人々ももっと幸せになることを願い また、いつか そういった枠も関係なく 世界が幸せになれたらいいなぁと願うのみである。
おしまい |
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